自由に自然に自給自足パーマカルチャー生活つくり日記
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自由ってのは欲望にやさしくすること?

このブログの冒頭画像にも「自由に自然に『自分を持続可能』にするパーマカルチャー生活つくり」とか書いてあるけど、自由って言葉を時々思い巡らす。

自由って人によって様々な解釈があると思うけど、本当に黄金の自由を手に入れたいと思ったりする。本当の自由って何か?って思い巡らすと楽しい。

自分が自由か? あの人は自由か?
そんなことよりも、その時々で最高の自由を楽しみたいとか思う。

自分は自由に生きているように思う。
でもだからこそひとつ間違うと欲望に優しくなってるんだ。
楽なほうへとひた走り、欲しいものをいただく。思うがままに時間が流れる。
でも結局みんなそんな感じになったりしてないか?
それが結局サスティナブルではないとわかっているから、それは虚像の自由なんだ。
そうわかっているから時々はっと我に返らないといけなくなる。

毎月の収入がある程度入ってくると、マーケティングコントロールのままにいろんなものを買ったりしてしまう。東京にいるとすぐにこうなる。
人は本当に強くない。

わかっていてもやめられない

それがこの世のキーワードだ。だから本当の自由が何であったかとか忘れてしまう。もはや知らない人もいるかもしれない。

自分が自然に自由になれる。パーマカルチャーにそんな希望を抱いたときに自由の本質もサスティナブルが前提となる。そしてそれを選択できることが自由の本質でもある。パーマカルチャーの「パーマ」は「パーマネント」つまり永続性という意味だけど、それも結局サスティナブル(持続可能なんて訳されているけど)と同じコンセプトだ。サスティナブルカルチャー。そんな自由な文化的生活があればそれが自由を謳歌できるパーマカルチャーでその根本を理解して実践できると、何もチキントラクターやコンポストトイレがなくても都会でパーマカルチャーができるということにもなる。

自分はアーバンパーマカルチャーが本当に可能かどうかはいつも疑わしく感じているけど、こういう意味で言うとそれも可能だろうと感じる。

パーマカルチャーはこうしたサスティナブルな自由をうまく選択して取り入れていくことが醍醐味でありエキサイティングな部分だ。
欲望のままの質の低い自由に束縛されていると時間がただ過ぎていく。


だから本質的な自由とは、会社を辞めるとか離婚するとかひきこもるとかそんなことではなく(は!全部経験している・・・)自己欺瞞に陥らない選択枝を自由に自分で選択できることだと思う。
この自己欺瞞(じこぎまん)という言葉は非常に難しい。でも簡単にいうと自分に嘘をつかないということだけど、そこから解放されることが本当の自由に繋がるんだと思う。
ちょっとした欲望にエゴに振り回されることなく、自分で自由に選択できるか!?

だからマーケティングセキュリティっていう言葉が出てくる。
これがいい!あれがいい!これが安い!それが新しい! どうでもいいことだ。

本当は食べたくないはずのエクレアアイスクリームをファミマで買って食べながら書いている。
嫌いな添加物がたくさんあって、むやみにコンビニ買いをしたくないし、だいたい寒いし・・・
ちょっとしたセキュリティの隙間をついてウイルスは進入してくる。たかが100円されど100円。しかしその100円の代償は精神的に大きい。
だから住む場所を選択することが必要だったんだと思う。
サスティナブルフリーダムは、マーケティングセキュリティが必須だ。煩悩が猛威を振るううちは必須だ。

そういえば自己欺瞞に関してわかりやすい本があった。

Posted by syn at 2006年11月05日 01:16 | トラックバック(0)
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