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人生を楽しむの落とし穴

最近は人生をどう楽しむのか、何を有意義にするのかといった、クオリティオブライフ、人生の質についての関心が高まっている。最近と書いたが、実はここ50年くらいのスパンでの傾向である。

それ以前はそのようなことに関心が無かったのかといえば、そうでも無いと思うし、それぞれの時代で人は生きていたわけだから、それなりの自己実現的欲求もあるだろうし、それなりのビジョンを描いていたことだと思う。

しかしここ最近では情報というのもの風通しが良くなり、出版や放送はとてもよくディティールを極めて細かく伝達できるようになってきた。そういう技術革新を経た後のクオリティオブライフの考え方は、実はそのようなことをあまり考えないでよい人たちをも、考えたほうがいいよと言わんばかりの仕組みを作り出している。それは、

実際は商売、そう経済的なメリットを得るために需要を増やしているといった要因に尽きるとは思うのだが、そのような社会構造の渦中において、複雑化されたカオス社会からの脱却を図りたいというニーズの反映も後押ししている。

その中で、ロハスやシンプルライフといったカテゴライズがあったり、自然食やヨガや各種ワークショップによって様々なクオリティオブライフを達成させるためのネタが用意されてきている。それは実際には、西洋社会が東洋の英知をより美化しシステマティックに商品、流行に仕立てた後に、日本文化的に輸入されている傾向がある。その知恵そのものは昔から日本文化や関連する東洋文化に根づいていたものだけど、そのイメージがとても貧相で(本来は清貧とでもいうべきだが)古臭いイメージから、興味をもてなく、なんとなくイメージアップされた逆輸入文化のほうが優越感を伴った興味や満足を得ることになるようである。

結果が自分にとってプラスであれば、清貧であれ、流行であれ構わないのかしれない。
しかしクオリティオブライフを本質的に見極めたいという俯瞰した態度で傍観すると、ひとつの大きな落とし穴を発見した。

それはつまりロハスやスローといったマーケティング戦略、スピリチュアルや宗教・思想的カテゴリーを形成する趣向といった一般的入り口から、さらにマニアックに食と健康につきすすみ行き着くところの精神、成功哲学や願望実現、そしてそれが収まるところの禅。
この情報化社会の渦中では、それが間違いであれ本当であれ、大袈裟であれ、言葉の裏読みが必要なことであれ、ビジョンを現実化される実態は本当に確認されている。精神的なクリエイティブ行為が実際の現実に(勝手に・自動的に・・)形成されていく真実は存在している。
しかし、本質的にその驚嘆たる事実は、本質的に欲望の権化として表れるあまりに、現実化における満足は実際は取るに足らないものである。
とても美味しいグルメのお店がある。今晩は念願かなってそのお店で食事をすることができる。「美味しい!!」噂どおりにステキな食事であった。味もビジュアルも、そしてお店の雰囲気も100点満点。とても充実した時間を過ごせることができた。しかし、明日もまたおなかはすくのである。
これと同じ現実、某金持ち父さんのキーワードを使えばラットレースの様相である。人は一通りの欲求を満たしていくと、自己実現欲求に到達するというエイブラハムマズローの理論。そして、物質社会もピークを迎え、自己実現に向かう人の増加とともに、とても精神的活動にも恵まれた社会にもなりつつある。
そしてそれを行う人々もとても純粋な気持ちを持って取り組むことになる。
一見すばらしい社会層が生まれているのではないかとも思う現代である。

ただロハスを経たピュアと思える自己実現でさえも、都心の高層ビルで一攫千金を狙うIT社長も本質は変わらない自己実現への工程。そしてその本質もかなり同等のものであることに多少なりとも反省もしてみた。
俗世間の波に乗り、経済的効果を振り切れる計画と思考を最大限に行動することと、今の荒れた社会風潮を毛嫌いし、自然共生がとても正しいと思ってしまうピュアなマインドも、どちらが正しいとか間違いとかではなく、本質的に自己実現が働いている以上同じラットレースを繰り返すことになる。

そんな人間の様相がとても、愛らしく、いとおしく、そして無常観を感じるわけであります。


そういうことに関しては、ではどうすればいいのかと思うところ、、、何もまだ見つかってはいないのですが、マズローの欲求段階と同じ順番で「足りてくる」と、実は自己実現欲も「足ることを知る」に落ち着く感覚があります。
好きなことをする、つまり自己欺瞞のない行動をとるということが正しいと思っていた、それ自体が自分の可能性を狭めている現実に気付きます。「好きなことをする」が実は自由ではなかったのです。「好きなこと」という方向性を自分で限定しているという自由っぽく見えた罠であって、とても不自由で自分の可能性を限りなく限定している行為。それが今流通している成功哲学・自己実現情報の本質です。
ラットレースは永遠に需要を満たします。これは経済成功の原則です。


山に来て、自然を近くに感じながら生活してみる。そしてそこに通り過ぎる人々と交わり、今の社会風潮を感じる。そういった生活観から見えてきたひとつの持論ではありますが、結果自由というものの本質はそれを求めないことにあるように思います。「川に流れる落ち葉のごとく」この言葉の本質的理解には達していませんが、落ち葉を真似てみる生活、「ものごとは形から入れ」というひとつの方法則からもういちど、パーマカルチャーや自然農といった自然共生から一般の俗社会生活をホリスティックに生きてみる必要がありそうです。

Posted by syn at 2007年11月18日 10:10 | トラックバック(0)
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