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食事にひとつの発見~太陽エネルギーを食べるということ実際にここ1年半ちかく、自然食品や自給野菜、マクロビオティックといった、天然ものの食事での生活をして、いろいろとココロが気づいたり、カラダが気づいたりしたことを、「ロハスな食事感覚」や「食事のあり方に日常感情を見る」などに記してきたのですが、最近読んだ本や、生活観察によって、食事の一番本質的なところを見ました。 それは太陽エネルギーを食べるということ。 以前の産経新聞のインタビューを受けたとき、「胃袋じゃなく、どこか別のところが満足する」と僕は答えているのですが、その感覚はあるもののそれが何かまだつかめないでいるようです。 それからマクロビオティックや自然食ブームにみるファッション性や流行っぽい雰囲気に、趣味的な嗜好を取り除いたときに残る本質的な意義、たとえば幸福感や健康といった一般的な解釈を論理的に理解できるのだろうかという部分にグレーな気分が漂っていました。 そのマクロビや自然食料理のテクニックを剥ぎ取る本質的な部分、そしてそれが幸福感や健康につながる科学的な理由が「あるヨギの自叙伝」に記載されているところがありました。その一節がこれら自分のわからないでいたモヤモヤが一挙に解決した感じがします。 それは全ての物質や生命は太陽を出発点とした循環系に属しているというしごく常識的な理屈から、人間にとっても太陽エネルギーがどう摂取されているのかという観点でみると、それは太陽熱エネルギーともうひとつ太陽光エネルギーがカラダをつくる素材となっているということです。そして太陽光エネルギーを物質化できる唯一の素材が、植物に含まれる葉緑素なのです。そしてその太陽エネルギーを物質した葉緑素が循環している、葉や実や根菜を食すこと自体が、その食物の物質的要素や栄養素よりもまして重要であるということがわかりました。すなわち太陽光エネルギーをいかに食するかが、健康体やその胃袋ではないところが満たされる感覚、またおそらく自然食、マクロビオティックの究極的な本質的意味になるものとある意味確信にいたったわけです。 無農薬や有機肥料、マクロビオティックや菜食主義といったものがスタイルやテクニック、味や盲目的な信仰に傾向するのではなく、逆説的に太陽光エネルギーがより健康的に物質化している食材、そしてそれを如何に減少させずに食するか、という観点で考えるとそれらの本質的な意図や意味が見えてきます。 そしてそれは満腹感や味覚を満足させるとこよりも、良質な太陽光エネルギーでカラダの細胞を作ることでの満足感や幸福感につながるのではないかと、つまり五感的な欲求を満たす満足感ではなく、気分的な充足感のようなものにつながるのです。それはそう意識して食するとより一層充足感が増します。 この太陽光エネルギーが生命の根源であるといような、ある種宗教的意味はここでは割愛します。 ■陰陽 このように食事が心身をコントロールする理屈が見えてくれば、自給畑の方法や料理や調理方法、そして購入する食材選びもわかりやすくなるでしょう。そこには見た目や味といった5感的な価値観は2の次で、そのエネルギーが如何に蓄えられているかを感覚的に判断することが求められます。 つまりは中国野菜であろうと、農薬のついた野菜であろうと、もしそのエネルギーが充満しておれば、その農薬はキレイに洗い落として食するべきであろうし、その太陽光エネルギーを食べて育った動物の肉類からさらにその太陽光エネルギーを再度摂取することの非効率さを考えれば、肉食の不毛さを感じます。
j空腹感が本来求めているものは、胃袋を満たすだけではなく、最小限のエネルギーを摂取してほしいという体の信号であるべきで、毎日の習慣的な食事時間とその食事自体は一度デトックスすべきですね。 現代生活の一番の病は、この食中毒でしょう。
つまり、近所でより自然に近い形で太陽光をいっぱい浴びて育った野菜を、葉から実、皮まで全部調理してよく噛んで唾液と葉緑素からのエネルギーを物理的に反応させながら食することで、生活における食事の自給自足は意図も簡単に達成できるわけです。 5感の欲求を満たすことまで自給しようとすると、それは比例して労力をあげていくことになります。 Posted by syn at 2008年03月06日 09:10
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